『帰ってきたウルトラマン』から考える
人種差別と偏見
第33話「怪獣使いと少年」が問いかける、
国籍を超えて人を理解することの大切さ。
1971年に放送された特撮ドラマ 『帰ってきたウルトラマン』。
数あるエピソードのなかでも、 第33話「怪獣使いと少年」 (脚本:上原正三)は、 今なお多くの人々の心に深い問いを 投げかける作品です。
この物語で描かれるのは、 単なる怪獣とウルトラマンの戦いではありません。
そこには、人間社会に潜む差別や偏見、 根拠のない噂、そして集団心理の恐ろしさが 描かれています。
放送から半世紀以上が経過した現在でも、 この作品のメッセージには、 私たちが改めて考えるべき大切な意味が あるように思います。
01|「怪獣使いと少年」が描いた悲しい物語
物語に登場するのは、 佐久間良という一人の少年です。
少年は河原の廃屋で暮らし、 毎日のように地面に穴を掘り続けています。
その不可解な行動から、周囲の人々は 「宇宙人ではないか」という 根拠のない疑いを抱くようになります。
やがて、その噂は差別やいじめへと 発展していきます。
少年を陰ながら支えていたのは、 金山老人という心優しい人物でした。
しかし、金山老人の正体は、 地球で暮らしていたメイツ星人という 宇宙人だったのです。
メイツ星人は、人間社会に危害を加えようと していたわけではありません。
それにもかかわらず、人々は 「宇宙人」というだけで恐怖や敵意を抱き、 ついには取り返しのつかない悲劇を 引き起こしてしまいます。
その後、封印されていた怪獣ムルチが現れると、 それまで少年や老人を追い詰めていた人々は、 今度はウルトラマンやMATに助けを求めます。
この場面には、人間の身勝手さや 集団心理の恐ろしさが強烈に描かれています。
02|本当に恐ろしいのは怪獣なのか
この作品を見て、私が特に考えさせられるのは、 人間は自分たちと異なる存在に対して、 なぜこれほどまでに残酷になれるのだろうか、 ということです。
メイツ星人は地球人とは異なる星から来た存在です。 しかし、少年を思いやり、 助けようとする優しさを持っていました。
一方、彼を排除しようとした人々は、 同じ人間同士でありながら、 相手の事情を知ろうともせず、 噂や恐怖に流されてしまいます。
それこそが、この物語の本質なのでは ないでしょうか。
03|作品の背景にある差別の歴史
「怪獣使いと少年」は、 日本社会に存在してきたさまざまな差別の問題とも 関連づけて論じられてきました。
関東大震災と流言による差別
1923年の関東大震災では、 朝鮮人に関する根拠のない流言が広がり、 多くの人々が殺害されるという 痛ましい事件が起こりました。
噂や恐怖によって群衆が暴走する構造は、 この作品の描写と重ねて考えられています。
沖縄と日本本土の関係
脚本を担当した上原正三氏は沖縄出身であり、 沖縄と日本本土の関係や差別の問題を 作品に反映してきた脚本家としても知られています。
少数者への排除と偏見
少年の出自をめぐっては、 アイヌの人々に対する差別との関連も 指摘されています。
こうした歴史的背景を踏まえると、 メイツ星人は単なる架空の宇宙人ではなく、 社会のなかで「自分たちとは違う存在」と 見なされてきた人々の姿にも重なります。
この作品は、差別がどのように生まれ、 噂がどのように広がり、 普通の人々が集団となって誰かを傷つけるのかを 問いかけているように感じます。
04|「○○人だから」という言葉への違和感
現在の日本社会でも、 外国人に対する差別的な言葉や偏見を 目にすることがあります。
- 「○○人だから日本から出ていけ」
- 「○○人はマナーが悪い」
- 「○○人は日本のルールを守らない」
このような言葉を耳にするたびに、 私は強い違和感を覚えます。
もちろん、日本人であっても外国人であっても、 ルールやマナーを守ることは大切です。
誰かが迷惑行為や違法行為をした場合、 その行為について適切に責任を問うことも 必要でしょう。
しかし、それはあくまでも、 その行為をした個人の問題です。
一部の人の行動だけを取り上げて、 同じ国籍や民族に属するすべての人々を 否定することは、 決して公平な判断とはいえません。
例えば、ある日本人が海外で問題を起こしたからといって、 日本人全員が同じような人間だと判断されたら、 私たちはどう感じるでしょうか。
きっと、多くの人が理不尽だと感じるはずです。 それと同じことが、外国人に対しても いえるのではないでしょうか。
05|日本人も外国人も、同じ一人の人間
日本人も外国人も、同じ人間です。
うれしいことがあれば笑い、 悲しいことがあれば涙を流します。
誰かに親切にされれば温かい気持ちになり、 理不尽な言葉を向けられれば 傷つくこともあります。
生まれ育った国や文化、宗教、言語、 生活習慣などには違いがあるかもしれません。
しかし、そうした違いがあるからといって、 誰かが誰かより優れている、 あるいは劣っているということにはなりません。
異なる文化や価値観を持つ人々と交流することで、 自分が当たり前だと思っていた考え方を見直したり、 新しい発見をしたりすることができます。
国際交流の魅力は、 まさにそこにあるのではないでしょうか。
06|差別や偏見をなくす第一歩は、相手を知ること
人は、よく知らない相手に対して、 不安や警戒心を抱くことがあります。
しかし、その不安を理由に相手を排除するのではなく、 まずは話をしてみることが大切だと思います。
例えば、外国人の友達と好きな音楽について話したり、 お互いの国の食文化について紹介し合ったり、 学校生活や日常の出来事を共有したりすること。
そうした何気ない交流の積み重ねによって、 相手は「どこかの国の外国人」という 抽象的な存在ではなく、 名前や個性を持った一人の友達になっていきます。
実際に友達になってみると、 国籍の違い以上に、共通する趣味や考え方が たくさんあることに気づくかもしれません。
もちろん、交流すればすべての誤解や偏見が なくなるわけではありません。
それでも、相手を知らないまま決めつけることと、 相手を理解しようとすることの間には、 大きな違いがあります。
07|私たちIFCが大切にしていること
私たちNPO法人 インターナショナルフレンドシップクラブは、 国際交流を通じて、 さまざまな国や文化の人々が出会い、 お互いを理解し、友情を育む機会を つくることを目指しています。
日本人だから、外国人だから。
英語が上手だから、苦手だから。
どこの国で生まれたから。
そうした違いだけで、 人と人との可能性を狭めたくはありません。
大切なのは、お互いを尊重し、 相手の気持ちに耳を傾けることです。
外国人の友達をつくることは、 語学力を向上させるだけでなく、 自分とは異なる価値観を知り、 世界を広い視野で見つめるきっかけにもなります。
私たちは、国籍や文化の違いを超えて、 誰もが安心して交流できる環境づくりに 取り組んでいきたいと考えています。
08|おわりに:メイツ星人の悲劇を繰り返さないために
『帰ってきたウルトラマン』第33話 「怪獣使いと少年」は、 50年以上前の作品です。
しかし、そこに描かれた差別や偏見、 噂に流される人間の姿は、 決して過去だけの問題ではありません。
現代ではSNSを通じて、 さまざまな情報が瞬時に広がります。
その一方で、特定の国籍や民族に対する 根拠のない噂や、 一部の出来事を誇張した情報が 拡散されることもあります。
だからこそ、私たちは一度立ち止まり、 その情報が本当に正しいのか、 誰かを不当に傷つけていないかを 考える必要があるのではないでしょうか。
それが、差別や偏見を乗り越える 第一歩になると私は信じています。
日本人も外国人も、同じ一人の人間です。
国籍や文化が違っていても、 お互いを理解し、尊重し、 友達になることはできます。
『怪獣使いと少年』が描いた悲劇を、 単なるフィクションとして終わらせるのではなく、 私たち自身の社会や日常のあり方を考える きっかけにしたいと思います。

